整体を日々行っていると、人の感覚の正確さと精密さに驚かされます。

私は主に関節の矯正を行っていますが、人の体というのは、全身の関節の状態を正確に把握しています。

どの関節がどのくらい歪んでいて、どうすれば治すことが出来るのか?

こうした情報を体は正確に把握しています。

ただ、人間の脳は情報を制限します。

人間の脳というのは、今ここという現実の膨大な情報を制限するための臓器です。

ですから、人間の顕在意識は、体から報告される関節の情報をものすごく制限して把握します。

人間の肩こりであったり、腰痛であったり、五十肩であったり、様々な体の歪みに基づく症状を解決する方法は体が全て把握しています。

感覚というのは、いわば体にとっての言語です。

そして、この言語は、人間の話す言葉とは違って、一切の嘘がなく、一切の間違いはありません。

間違いに思うときには、脳の仕業です。

脳が、情報を謝って解釈しているためです。

私の行っている整体は、関節の位置を正しい位置に戻して、関節を正しく動くようにする整体です。

そして、私が何を基準にして、関節を矯正しているのかというと、患者さんの感覚です。

私は、患者さんの感覚を直接は体験出来ません。

ですから、関節の状態を診たり、動きを診たり、患者さんに聞いてみたりして、整体を行っています。

キチンと関節の状態が回復すれば、痛い感覚や違和感がなくなります。

まだ、良くなっていなければ、痛い感覚や違和感はなくなりません。

そして、関節の負担が違う部分に移れば、その関節が痛くなります。

状態をみて、患者さんに聞いてみて、違和感のあるという関節を確認すると、確かに歪みがあります。

患者さんんが違和感や痛みを訴えているのに、歪みが見つからない時には、私が見落としているだけです。

それほどに、感覚は正確で精密です。

体とはなんなのでしょうか?

感覚とはなんなのでしょうか?

この驚異の性能を目の当たりにすると、むしろ自分という意識のほうが、体や感覚の付属品のように感じます。

本当は、それが事実なのですが・・・

・・・

というわけで、本日は感覚について書かせていただきました。

整体を行っていても、感覚の鋭い方、感覚に耳を傾けている方は、スイスイ治っていきます。

それは同然のことで、体を治すための情報を受け取れば受け取るほど治ります。

逆に、感覚を無視すればするほど、体は悪くなっていきます。

自分という意識は、体の主人ではありません。

体を自由に扱えるというのは幻想です。

あくまで、大切な借り物です。

自分への戒めとして・・・

思い上がりは、体からの逆襲を受けます。